潔い考え方

いつも何かの締め切りに追われている。
したいことも山ほどある。
デジタルなものを使いこなせれば、もっと効率よく、いろいろなことをこなしていけるだろうのに、と思う。

そんな時、「夜10時以降は、パソコンが使えない。」という人に会った。
その時間までは、自分のPCで仕事をばりばりこなしている人なのに。
「使わない。」ではなくて、「使えない。」と言ったところが、いいなと思った。
そこにあるのは、拒否ではなくて、「だから、ごめんなさいね。」というニュアンス。
いつでも開けるPCだけど、きっと自分の生活に合わせて、時間を設定しているのが潔く感じられた。

日曜日に、銀座教文館のダイアナ・ウィン・ジョーンズの日本語版の挿絵を担当している
佐竹美保さんの原画展に出かけた。
実際にその場に佐竹さんがいらして、美術やイラストを勉強している学生さんに
単位のためのインタビューのアポを求められていた。
その会話のなかで、佐竹さんは「携帯もPCも持っていないの。」と言って、
きっちりと場所と日時を学生さんたちと決めていた。
きっちりその場で決めること、ってこのごろないなあと感じた。
携帯で連絡取り合って、なんとなく約束するというのが多くなっているから。
今の時代、携帯やPCがなくても、最先端の仕事をされているというのが、
軽やかで、潔くて、いいなあと思った。
多少は不便かもしれない。でも、生活時間を自分で区切るって、素敵。

潔い生活に憧れつつも、実際には携帯とPCを手放すことはできない。
でも、少し自分の時間を操ってみてもいい頃かもしれない。



by barnes_and_noble | 2015-05-20 23:55 | モノローグ | Comments(2)
Commented by amamori120 at 2015-05-21 23:35
う~ん  考えさせられるテーマなの鴨ぉ~
Commented by barnes_and_noble at 2015-05-26 00:27
>amamoriさん、「ああ、そういう考え方もありだね。」と思わされた出来事でした。自分の生活時間、もう少し、見直しが必要かも。
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